2010年12月29日水曜日

思いきった予算を付け研究者コミュニティー崩壊を防げ

思いきった予算を付け研究者コミュニティー崩壊を防げ

 
 日本の将来にとって、日経ビジネスに重要な指摘があったので、全文を紹介しておきたい。



宇宙開発の新潮流
20101228日(火) 日経ビジネス 掲載

今すぐ「あかつき2」の製造開始を

思いきった予算を付け研究者コミュニティー崩壊を防げ

·         松浦 晋也 【プロフィール】 
原文は、下記リンクを

 127日の金星探査機「あかつき」金星周回軌道投入失敗の原因が、燃料加圧系の逆止弁の閉塞であることがほぼ確定した。

 あかつきは6年後に金星近くに戻るので、再度周回軌道投入を試みるとしている。
 しかし、6年引っ張るともっとも貴重なものである、過去10年をかけて育成してきた研究者のコミュニティーが崩壊する。

 人材の継続育成ができなければ、太陽系探査を続けることはできない。今必要なのは、6年後の再投入よりも同型機「あかつき2」の迅速な製造と打ち上げであり、そのための十分な予算手当てである。

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)1227日、金星探査機「あかつき」の金星周回軌道投入失敗が、燃料を加圧する高圧ヘリウム配管に入っている逆流防止のための逆止弁が、正常に動作しなかったためと発表した。

 あかつきは、6年後に金星近傍に戻る軌道に入っている。JAXAは、6年後にあかつきを再度金星周回軌道に入れる可能性を検討している。世間的にも地球帰還まで7年をかけた、小惑星探査機「はやぶさ」の例もあって、6年後のリベンジへの期待感は小さくない。

 しかし、あかつきとはやぶさでは状況が異なる。はやぶさでは、粘って運用を続ければ、小惑星からの地球帰還という世界初の偉業達成が待っていた。しかし、あかつきは粘っても、宇宙放射線による観測用機器の劣化が進む一方である。6年後にうまく金星周回軌道に投入できたとしても、成果はこの12月に金星周回軌道に投入できていた場合に比べて少なくなる。

 なによりも、6年も引っ張った場合、過去10年をかけて育成してきたあかつき関連の研究者コミュニティーが崩壊する。観測結果に基づく論文が書けなくては、研究者はキャリアを形成できないからだ。人材は散逸し、新しい世代の育成もできず、6年後に軌道投入に失敗した場合、次なる探査機の開発は至難の業となる。日本の太陽系探査にとってもっとも重要なのは人材だ。人なくして探査を継続することはできない。

 今必要なのは、迅速に同型機「あかつき2」(仮称)を開発し、打ち上げることだ。あかつき2は、遅れを最小限にして、人材育成のサイクルを回すために必要だ。人にかけるお金は惜しむべきではない。

たった一つの逆止弁の動作不良

 521日に打ち上げられたあかつきは、127日に金星に最接近し、搭載した軌道変更用エンジンを噴射して減速し、金星周回軌道に入ろうとした。しかし、噴射開始後152秒で、探査機の姿勢が大きく崩れたためにエンジンを停止。12分間の噴射を行う予定が、減速量が足りず、金星周回軌道に入れなかった。

 ロケットエンジンは燃料と推進剤を混合して燃焼させ、燃焼ガスを噴射することで推力を得る。あかつきの軌道変更用エンジンは、燃料と酸化剤を高圧ヘリウムの圧力でエンジンに押し込む仕組みだった。JAXAの事故調査によれば、高圧ヘリウムタンクから燃料に向かうヘリウムの配管に入っていた逆止弁がうまく開かず、燃料に正常な圧力が掛からなかったことが判明した。その結果、1)エンジンに供給される燃料の量が減って、2)酸化剤とのバランスが崩れ、3)異常燃焼が発生して探査機姿勢を崩す力が掛かったと推定している。

 問題の逆止弁について、JAXAは「推進系を担当した三菱重工業が調達したもので、メーカー名はJAXAから言えない」としている。しかし、日本は衛星搭載用バルブの大部分を米国からの輸入に頼っているので、ほぼ間違いなく米国からの輸入だろう。今後の地上試験計画に同等品の分解調査という項目がないことから、分解を禁止するブラックボックスとして輸入許可をとったものと推定される。

 そこには、バルブのような基本的な部品を国産化できない日本宇宙産業の足腰の弱さという構造的問題点が横たわっているが、ここではより大きな、人材育成サイクルの維持を問題にしたい。
人材育成は6年間も待てない

 あかつきは、金星が太陽を10周する間に、自身は11周する軌道に入っており、2016年に再度金星に接近する。JAXAは、6年後に再度金星周回軌道への投入を実施すべく、探査機状態の調査を進めるとしている。しかし、6年間の待機にあかつきが耐えられるかは、現状では不明だ。

 金星は地球と比べて太陽に近い。そのためあかつきは、より強い太陽からの宇宙放射線に晒される。金星気象の観測を目的としているあかつきはカメラを5台搭載しているが、カメラの撮像素子は放射線によるダメージが出やすい。その他、太陽電池、搭載バッテリーなど、6年間の待機に耐えられるかは今後の検討を待たねばならない。しかも、エンジンやバルブの状態は不明であり、2016年に確実に金星周回軌道に投入できる保証はない。

 あかつきの検討は1990年代後半から始まり、2000年頃から本格化した。惑星探査は探査機と、探査機を利用する科学者コミュニティーの両方が揃わなくては成果を上げることはできない。
 検討の本格化と同時に、JAXA宇宙科学研究所と日本惑星科学会を軸に、あかつきを利用する科学者コミュニティーの育成も図られ、この12月からの観測に向けて動いていた。科学者コミュニティーは同時に、探査機の仕様決定や搭載観測機器開発に深く関与している。日本の太陽系探査実施のための人材供給源でもある。

 6年間も空白ができると、研究者は確実に論文の書ける別テーマに移動し、ここまで組み上げてきたあかつき観測に向けたコミュニティーは崩壊する。あかつき観測結果で、博士論文を書こうとしていた学生もまた、次のテーマへと散っていく。結果、次世代の太陽系探査を担う人材育成が途切れてしまう。

 太陽系探査にとって、一番重要なのは人だ。人材なくして継続的太陽系探査の実施はできない。予算を惜しんで人材を枯渇させるようなことがあってはならない。
 
 そのためには、あかつきの同型機「あかつき2」をすぐにでも立ち上げて、製造し、打ち上げるべきである。今ならば、メーカーに図面も治具も残っていて、関係した技術者にとっても「どこを苦労した」「どうすればいい」といった開発と製造のノウハウの記憶が鮮明である。購入した予備部品も残っている。
 
 あかつきの開発には7年かかったが、2年もあれば、あかつき2は作れる。一度作った探査機の再製作だから、製造・打ち上げにあかつきほどの予算も必要ない。なにより、あかつき2を推進することで、人材育成のサイクルを回すことができる。

空き缶は思いきり殴れ、予算は思いきり付けろ

 そもそも、世界の惑星探査は、複数の同型機を同時に開発・打ち上げるところから始まり、技術の向上に従って単機打ち上げへと移ってきた。ところが日本の太陽系探査は、最初のハレー彗星探査こそ試験機「さきがけ」、本番の探査機「すいせい」という2機体制を組めたものの、その後はすべて単機で行っている。単機打ち上げ中、かろうじて成功したのは小惑星探査機「はやぶさ」のみ。火星探査機「のぞみ」は失敗、今あかつきが失敗の瀬戸際にいる。

 単機開発となる理由は、十分な予算を付けていないからだ。そのせいでぎりぎりまで粘って運用を続け、成功にせよ失敗にせよ終了後、運用に関係したコミュニティーは疲弊しきって次の計画を立ち上げられなくなる傾向がある。その背後には「国際宇宙ステーション運用や地球観測衛星の開発もある中で、宇宙科学に使える予算は宇宙関連予算全体の中でこの程度だろう」という、宇宙科学を後回しにするJAXA経営の姿勢が存在する。その悪循環を、今、「はやぶさ2」が破ろうとしているところだ。はやぶさ22006年に検討を開始し、来年度予算案に、やっと開発予算が記載された。

 おそらく、あかつき2を作るとなると「既存の宇宙科学の予算枠の中で、何を後回しにするか」という議論が出るだろう。宇宙科学予算枠にすべてを押し込もうとする動きだ。
 それは問題の解決にならない。真の問題は、日本の宇宙開発の中で太陽系探査をどう位置付けて実施するかだ。もっと言えば、国が行う宇宙開発はどうあるべきかという問題に行き着く。

 世界の宇宙開発には、国の開発から民営化という大きなトレンドが存在する。かつて、国家の技術開発の一大目標であった、通信・放送衛星は今や完全に民間のものとなっている。今、地球観測衛星がどんどん民間が実施する事業となりつつあり、米国では今後10年を経ずして、有人宇宙活動が民間マターになろうとしている。

 しかし、宇宙科学は民間の経済活動に馴染まない。どうしても国が実施すべき事業である。この世界的状況の中で、日本の宇宙科学を国の政策の中でどう扱うかを考えれば、他の宇宙科学計画を削ってあかつき2の予算を捻出するというありがちな方策が、愚策であることが分かる。

 太陽系探査への予算の付け方は、空き缶を殴って潰す子供の遊びに似ている。力一杯殴れば空き缶は潰れるので、こぶしは痛くない。しかし、恐れて力を込めずに殴れば、空き缶は潰れず、こぶしも傷める。「次、次」と、どんどん計画を進めていけば技術力も付き、人材も育つ。しかし、「まあこの程度で」的な出し惜しみをすれば、人材は疲弊し、後継者は育たず、失敗のダメージは長く尾を引くことになる。

 これまで、日本の太陽系探査は後者だった。あかつきの金星周回軌道投入失敗は悲劇だったが、はやぶさの帰還及びはやぶさ2計画スタートと考え合わせると、ここは過去の“空き缶をおそるおそる殴る”誤った態度を改めるチャンスでもある。
(完)

 ・・・この項、終わり・・・

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